思わず自殺したくなる言葉、自殺を助長する言葉、そして僕のねがい
自殺の名所の富士山青木ヶ原樹海の「自殺防止呼びかけ箱」にはこんな標語があるらしい。
『最近、自殺者が非常に増加しています。
あなたは、まさか自殺しようなどと考えてはいないでしょうね』
『”死んで花見が咲くものか”という言葉があります。
死ぬ気になれば何でもできます』
・・・なに、それ?僕はそれを知った瞬間あきれました。これは誰か悪意のある奴らがわざと書いたのではないか、とさえ思いました。いや、真剣に。だんだんはらわたが煮えくりかえってきます。
1.「まさか自殺しようなどと」これは皮肉を込めて”死ね”と言っているもんです。
追い込まれた人間はそう解釈します。
2.「何でもできます」、何でもできないから自殺しているんじゃないか?
そう思いませんか?お昼に知人にこの話題をしたところ、1人は「そのとうり!」1人は「えー、なんでえ?」、1人は「まあ、言葉で何を言っても無理ですよ」と冷たい。
実は僕は自殺を考えたことがあります。
どうしようもなく仕事に落ち込んで、自己嫌悪と人間不信で、終電間際の大井町線をぼーと眺めたことが1度だけあります。全然勇気がなかったかし、大井町線は回送以外通過をしないからそれで終わったけど、でも気持ちはわかる。自殺は連鎖します。
・・・・
実は親しい人で今苦しんで悩んでいる人がいます。その人を含めたピンチな人へ思いを込めて。
「勇気を出して、部屋を片づけてください。ゴミをどんどんゴミ袋に捨てましょう。お気に入りの靴を磨いてください。1時間もあれば目に見えた形で結果がわかります。やればできますって。ほんのわずかでもいいから自信を持って。
ふくらんだゴミの山が今までのだめな自分、ピカピカな靴はこれからの自分。
他人は変えられない、だけど自分は変えられる、過去は変えられない、だけど今は変えられる。きっとこれからも。
過去を歌うのではなく、未来を歌うのではなく、今を一緒に歌いましょう」
なんだか、思いっきり今日はベタで恥ずかしいけど、今日の僕は自殺サイトに胸を張ってアゲインストします。